■オススメ銀河座 この3本 
当サイトの専属映画評論家がオススメする映画を、週替わりで紹介します。

■ピンポイント銀河ニュース 
映画業界の最新ニュースをいち早くお届けします。


■シネマ銀河 プレゼントコーナー 
映画試写会からグッズまで、映画関連のプレゼント情報をお届けします。



■映画の中の詩と詩人 
映画の中に出てくる詩と詩人について映画評論家の視点から紹介します。

■ヨーコのいい男探し 
当サイトの専属映画評論家ヨーコが、映画に出演するいい男を紹介します。

■映画と酒とバラの日々
酒好きにはたまらない、映画に出てくるお酒のストーリーを紹介します。

■懐かしの名画 
懐かしい映画から厳選した、おススメ映画をお届けします。


■シネマの映写窓から 
映画ファンに、映画をお届けする方向からの視点でのコラムをお届けします。

■大人の映画館 発掘ニュース 
ちょっとだけアダルトな映画に関するニュースをお届けします。

■新着DVDデータ 
新作DVDを紹介します。




Dz˽ФƤȻͤˤĤƸ뤳Ȥˤʤä ˾̦



第23回●日本映画編「寺山修司」

 さて、このへんで日本人編といこう。

 さて、残念ながら日本の詩人というのは、ここでも冷遇されているということがまざまざと分かる。映画になったのは、作家と比べると格段に少ないからだ。よだれをたらして見るほどはないということ。トホホというか、残念というべきか。

 例えば作家だと市川崑監督による83年の「細雪」。もちろんこれは谷崎文学の名作である。86年には熊井啓監督の「海と毒薬」。遠藤周作センセイの代表作のひとつだ。91年には小栗康平監督による壇一雄作の「死の棘」というようにたくさんある。太宰治、江戸川乱歩、横溝正史…枚挙にいとまがない。作家の原作というものは映画にしやすいようだ。それもそうだろう、ストーリーがしっかりしている上に、それを脚色すれば済むのだから。しかもどれもすでに評価が固まった作品ときては、あたらないはずはない、と考えるのだろう。

 しかし、それらは小説を映画化したもので、作家本人の人生を語ったものではない。つまり伝記ではなく、いわば作家の頭の中で描かれた独立した別世界である。しかし詩というものは私小説に似てそのまま心の世界を反映しているから、より自伝的にならざるを得ないと言えるだろう。

●寺山修司(1935〜1983)

 では本題に入ろう。詩人はどうか。

 その中でも一番映画と関係が深かったのは寺山修司ではなかろうか。私は彼を“日本のパゾリーニ”と呼びたい。それは彼が詩人(短歌)であると同時に、パゾリーニと同じように監督もし、脚本も書いたからである。

 まず、寺山修司という天才が一躍世間の注目を浴びたのは、1954年、彼が18歳で「短歌研究」に投稿した作品で新人賞を受賞したことに始まる。

 脚本家としての第1作は「乾いた湖」(1960年)で篠田正浩が監督している。これは寺山が生活の糧として手を染めたにすぎなかった。だがこのことで藝術としての映像に対して開眼したといえるだろう。

 これはテロリストになりたい青年が挫折する、今の世相を先取りしたような詩人ならではの、感覚が鋭い作品だが後年のような前衛性はまだなりを潜めている。

 これと同じ年には自身初の短編「猫学/CATLOGY」で監督デビューもしている。ただしこれは一般公開されず、残念ながらフィルムが現存していない幻の作品で、本物の猫を殺すという場面があり、今ならさしずめ動物愛護団体から袋叩きにあうことが必至のアナーキーなもの。

 そしてこのころから野心的、実験的要素が多くなっていった。その例が「初恋地獄変」で、この脚本を羽仁進監督が68年に映画化。70年には主宰する天井桟敷のメンバーを起用して「ジャンケン戦争―トマトケチャップ皇帝」という、子供たちが主人公のペダンチックで風変わりな映画を監督している。

 そうしてようやく商業映画を意識し、劇場公開用の映画第一作、71年「書を捨てよ、町へでよう」が生まれることになる。つまり、それまでは寺山にとっては習作の段階だったとも言えるだろう。

 この映画は、主人公の青年が精神のアイデンティティを求めて彷徨うという、シュールな感覚の物語。

 この他、長編、中編としては、74年に傑作「田園に死す」、77年「ボクサー」、78年「草迷宮」、80年「上海異人娼館/チャイナドール」、84年「さらば箱舟」などが続くことになる。

 短編も先述の「猫学」を初め、なんと15本以上撮っている。映像という表現方法にいかに肩入れしていたかが、このことからも分かるだろう。それは彼の前衛性が当時の屈折した若者の要求にマッチし、受け入れられた結果といえるかもしれない。

 [あらすじ]

 では初期の傑作「田園に死す」のストーリーを。これは半自伝的といわれるが、その理由は後ほど。

 舞台は青森県の北端に位置する下北半島。「口寄せ」で有名な恐山の麓の村だ。少年(高野浩幸)は、父を亡くして母とふたり暮らし。

 家の隣の地主の家に若くて美しい女性(八千草薫)が嫁いでくる。少年はたちまちその嫁に夢中になる。

 少年には誰にも言えない楽しみがあった。それは恐山に行って死んだ父を霊媒に呼び出してもらうこと。

 ある日、村に見世物小屋が建った。人気があったのは空気女(春川ますみ)と一寸法師でふたりは夫婦だった。少年はそのふたりと知り合いになりほかの町の楽しいことやいろいろな物語を聞かされる。すると「こんな村に縛られているのはもう嫌だ」と考えていた少年の心をある決心が満たしてゆく。

 隣家の嫁に「村を出る」つもりだと話すと、「私も連れていって」と言う。しかし待ち合わせた場所に現れず、彼女は他の男と心中してしまったのだった。少年は母親を殺すことで村の呪縛から逃れることができる、と考えるが・・・。

 この映画は「母殺し」がテーマになっている。実際、父を戦争で亡くし母・寺山ハツとふたり暮らしだった修司の心の闇には、どんな重いが渦巻いていたのだろう。

 劇中で母が言う。

 「時間はねぇ、こうやって大きい時計に入れて、家の柱に掛けとくのがいちばんいいんだよ。それを腕時計なんかに入れて外し持ち出そうなんて、とんでもない考えだよ。考えてご覧よ。私たちは親子たったふたりしかいないんだよ。そのふたりが、別々の時計を持つようになったらどうなると思っているの」

 なんとも意味深な言葉だ。映画にはたくさんの時計が出てくるが、時間にとらわれているという閉塞感を表している。これこそが、修司の苦悶のもとなのだと思う。

 それにしても白塗りの異様な登場人物がアバァンギャルドで印象的。劇中では同名の歌集にある短歌が朗読されている。

 また余談だが、粟津潔が詩人の役で登場しているのが面白い。歌集「田園に死す」から拾ってみよう。

新しき仏壇買いに行きしまま行方不明のおとうとと鳥

ほどかれて少女の髪に結ばれし葬儀の花の花ことばかな

かくれんぼ鬼のままにて老いたれば誰をさがしにくる村祭り

 そのまま、映画のストーリーにダブル。

 他の歌集にしても、自分の生い立ちと故郷との密接な関係が濃密にでているものばかりで、寺山修司という人間の本質がむきだしになっている感がする。

マッチ擦るつかの間の海に霧深し身捨つるほどの祖国はありや

村境の春や錆たる捨て車輪ふるさとまとめて花いちもんめ

空は本それをめくらむためにのみ雲雀もにがき心を通る

麻薬中毒重婚浮浪所持サイコロ賭博われのブルース

 ここは寺山修司論を述べる場ではないので、詳しくは語らないが、彼の心は望郷の念と、泥臭い都会の底辺に蠢く人々への想いであった。

 先にも述べたが、寺山は1935年に青森県弘前市に生まれた。警察官だった父が戦死し、青森空襲などを経験。映画館「歌舞伎座」を経営していた母の義父に引き取られて、多感な中学生だった寺山の心にさざ波が立たないわけはなかった。しかしそれよりも、劇場スクリーン裏で寝泊まりして育った少年にとって、映画という?栄養素?が強烈に身体にしみ込んでいったと想像するのはかたくない。

 中学2年の時に、友人と俳句を作り始める。それが文学への目覚めだった。54年に上京して早稲田大学入学。在学中の50首詠が認められ短歌研究新人賞を受賞したことは先に書いた。

 だがこの時すでに彼の腎臓は蝕まれ始めていた。

 やがて映像の世界と劇団と、短歌の世界を、牛若丸のごとく飛び回わることになったのだが、詩人は常にフィクションと現実のはざまに生きている。それだけに感受性を受容する「容器」が大きければ大きいほど、現実乖離の距離が大きくなるのは当然だろう。

わが捨てし言葉はだれか見出さむ浮巣の日ざしながさるる川

大いなる夏のバケツにうかびくるわがアメリカと蝶ほどの夢

 いずれの映画にも、根本にはアバンギャルドの精神が演出の中に見てとれる。それは寺山が演劇実験室「天井桟敷」を主宰していたことと関係があることは火を見るよりも明らかだ。

 「ローラ」(74)という短編では、なんと上映途中で観客のひとりがスクリーンに飛び込むのだ。そして服を女に脱がされスクリーンの外に放り出されるという、驚くべき演出を行い、人々を驚愕させている。これなどはまったく演劇人の発想だといえる。

 特筆するべきは先に書いた同じ年の作品「田園に死す」で、とりわけ自伝的要素が強い作品だった。東北の原野の荒々しさ、厳しい生活環境の中で生きるサーカスの人々や、母の面影なども投影されているが、まったくの自伝というわけではもちろんない。自分探しの旅の果てにたどりついたイリュージョンと見るべきだろう。

 さて、47歳という若さで亡くなるまで、演劇に短歌や俳句に、さらにヒット曲「時には母のない子のように」や、一世を風靡した人気漫画「あしたのジョー」のテレビアニメ主題歌の作詞や、競馬の解説、エッセイと八面六臂ともいえるマルチな活躍をしたことはいわずもがなだが、なんと中央競馬会のキャッチコピーまで作っていたことは意外と知られていない。

 それは「カモメは飛びながら歌を覚える、人生は遊びながら年老いてゆく」というものだった。覚えている人は凄い競馬ファンか寺山ファンということがいえるだろう。

 ボクサーとしても知られた寺山だが、彼のパンチは、好きだった日活のスター小林旭の喧嘩パンチと、夢の中で競い合ったのだろうか。

 ある時「あなたの職業はなんですか」と問われ「寺山修司だ」と答えたのは有名な話だ。希代の天才歌人は死して映像と革命の精神を残した。


第36回●鈴木志郎康(1938〜)

第35回●吉増剛造(1939〜)

第34回●塔和子「風の舞〜闇を拓く光の詩」

第33回●田村隆一「恋の罪」

第32回●高村光太郎「智恵子抄」

第31回●室生犀星作品『あにいもうと』

第30回●宮沢賢治その3〜「グスコーブドリの伝記」

第29回●宮沢賢治、その2「モンスターズクラブ」

第28回●宮澤賢治、その1「わが心の銀河鉄道〜宮澤賢治物語」

第27回●紫式部(生没年不詳)

第26回●西條八十「人間の証明」

第25回●野口雨情(1882〜1945)

第24回●金子みすゞ(1903〜1930)

第23回●日本映画編「寺山修司」

第22回●ホルヘ・ルイス・ボルヘス「デス&コンパス」

第21回●マルグリット・デュラス「インディア・ソング」

第20回●シルヴィア・プラスの『シルヴィア』とテッド・ヒューズ

第19回●エドガー・アラン・ポーの『大鴉』から

第18回●パゾリーニの作品群

第17回●T・S・エリオット『愛しすぎて〜詩人の恋』

第16回●ウォルター・ホイットマン「いまを生きる」

第15回●R・M・リルケ

第14回●エミリー・ディキンソン「ソフィーの選択」

第13回●ランボー&ヴェルレーヌ『太陽と月に背いて』

第12回●プーシキン『オネーギンの恋文』

第11回●コールリッジ『愛と哀しみの果て』

第10回●E・E・カミング『ハンナとその姉妹』

第9回●W・H・オーデン『フォー・ウェディング』

第8回●チャールズ・ブコウスキー『酔いどれ詩人になるまえに』

第7回●パブロ・ネルーダ『イル・ポスティーノ』

第6回●ヨハン・ゲーテ『ゲーテ〜君に捧ぐ「若きウェルテルの悩み」』

第5回●ジョン・キーツ『ブライトスター いちばん美しい恋の詩(うた)』

第4回●イエーツ『ノーカントリー』と『ミリオンダラー・ベイビー』

第3回●ウイリアム・ワーズワース『草原の輝き』

第2回●フェデリコ・ガルシア・ロルカ『ロルカ暗殺の丘』

第1回●ジャン・コクトー『詩人の血』


Copyright (C) 2011 cinema-ginga All Rights Reserved.